何度となく語ってきましたが、妻敬子の遺してくれた大切なものの一つが、
「多くの人とのつながり」
です。

昨日は、敬子の広島大学時代の友人にお越しいただきました。
現在、学校の先生をされており、そのまなざしはとても優しい。
私が初めてお目にかかったのは、昨年末のことでした。
心の底からあふれ出るような優しさが印象的な男性でした。
ちょうど娘のマコが帰宅中で、話をされる様子が温かい。
私が娘に対し厳しものですから、自分を振り返る良いきっかけとなりそうです。

敬子の広大時代の友人は、研究室で一緒だった方と、クラブ活動が同じだったメンバーです。
今回の男性は、同じ研究室の方です。

広島大学。

私もあこがれの大学でした。
当時は、まだ広島市の中心部にあり、なかには木造の古い校舎もあったような、かすかな記憶があります。
といっても、私は共通一次(現在ではセンター試験)等での受験の時にしか校内には入っていませんが。

広島大学といえば、教育系。
広大の前身の一つに、「広島高等師範学校」があります。
戦前設立の官立高等師範学校には、東京(現在の筑波大学(東京教育大学))と、広島の二つがありました。
その他、戦太平洋戦争中、金沢(現在の金沢大学)、岡崎(現在の名古屋大学)にも設立されています。

私も前職が高等学校の教員ですが、やはり広大出身の先生が多かったですね。

敬子は、福祉系の大学も志望していたようですが、
結果的には、広島大学の学校教育学部の「ろう研」に進学することとなりました。
彼女は、とにかく「相手を思いやる心」の深い人物だったので、
教育者にうってつけだったと思います。
同じ教育の世界に身を置いた夫婦ですが、
私が「独自の自分の世界」に楽しむタイプだったのに対し、
妻は、生まれながらの「教育に携わる」タイプだったですね。

昨日ご来店いただいた先生をはじめ、
敬子がお世話になった多くの先生に、私や娘も支えていただいてます。

敬子が亡くなって半年。
彼女の存在がいかに大きかった(現在も大きいか)、再認識した日でした。

こんなことを思いながら、キューバをいただきました。
キューバもカリブ海系のやわらかい味わいです。
「今日は苦みのある深いコーヒーはちょっと」という時に最高のコーヒーです。
昔をさわやかに思い出すのにうってつけのコーヒーでした。