昭和のカープ ① ~ 広島散歩 ~

三連覇中のカープ。
今年は、出足が非常に悪く、4月半ばには借金も最大8になり、「最下位独走か?」と叫ばれました。
その後、怒濤の8連勝、昨日までの9連勝などで、2位巨人とゲーム差1.5の首位に立っています。

カープについては、いろいろな思いがあります。
その一つ一つを紹介していくシリーズです。

時は、昭和57年(1982年)のペナントレース。
この年、私は1年の浪人生活を経て、関西の大学に進学しました。
季節も5月下旬。
大学生活にも慣れ、土日は下宿で時間をもてあましていました。
ちょうどその土曜日、阪急西宮北口駅にあった西宮第2球場で開催されるウエスタンリーグ「阪急×広島」を見に行きました。
先発は、のちに左腕エースとなり、FAで巨人に移籍した川口投手でした。
試合はカープが大勝。当時ルーキーだった斉藤浩行選手が特大のホームランを打ったのが印象的でした。
斉藤選手は、長距離砲として大いに期待されましたが、2年目のキャンプ中にノックを受けていたボールが目に当たる怪我などで、充分力を発揮できぬまま、中日へ移籍。その後日本ハムでプレーしたが1992年限りで現役を引退しました。
万全な状態でプロ生活を送ってくれていたら・・・残念ですね。
ファーム通算161本塁打は現在も破られていないそうです。

関西に来ながら広島を感じさせてくれたカープ。
翌日も西宮球場に観戦に行きました。

守りの回の最初にキャッチボールをしていますよね。
ビジターチームの外野は、センターとライトでキャッチボールをします。
レフトはと言うと、ベンチから選手が出てキャッチボールします。
この時のレフトは、前年のドラフト3位の松林和雄選手で、ベンチからは同じくドラフト2位で入団した榊原聡一郎選手でした。
毎回、榊原選手がキャッチボールをするために私の目の前を通ります。
そのうち、榊原選手の方から私に声をかけてきました。
なにしろ観客席は、ほぼ0の状態なのですから、私の存在が目立ちますよね。

何試合か、同じようなことがくり返された後、榊原選手の方から、「バットをプレゼントするね」と言ってきました。
バットをもらったのは、夏休みで広島に帰って市民球場に行った時のことです。
榊原選手は、私と同い年ですが、プロ野球選手からもらうので嬉しかったですね。

ちなみに当時2軍にいたのが、前出の川口投手、金石投手、山中選手、原選手などでした。後に1軍で活躍したのは周知のことです。
この年のドラフト1位はと言うと、「津田恒美」投手。
彼は、すでに1軍で活躍していました。
甲子園球場には、1軍の試合を観戦しに行きました。その時の先発投手が、津田投手でした。

2年後、私が大学3年の時にリーグ優勝を果たしました。
また別の機会にお話ししましょう。

今日は暑いので、アイスコーヒーをいただきました。
当店の定番アイスコーヒーは、「バリうまアイス」です。
これは、バリアラビカを深煎りにしたもので、水出しにします。開店以来の人気アイスコーヒーです。